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緊急地震速報チャイム誕生の裏話 第5話「映画音楽の4原則」

[fa icon="calendar"] 2019/08/22 15:31:23 / by 伊福部達

伊福部達

 

第5話

 

シリーズ「緊急地震速報チャイム誕生の裏話」の5回目です。今回はチャイム音の作成にヒントを与えてくれた映画音楽に関するお話を伺いました。

 


<「管絃楽法」と「音楽入門」>

 叔父は著書については寡作であったが、30代の時に「音楽入門 -音楽鑑賞の立場-」(要書房、1951年、図1左参考)という単行本と同時期に「管絃楽法(上巻)」(音楽之友社、1954年、図1右参考)という専門書を書いていた。後に、下巻を書きあげ、叔父が2006年に亡くなるまで上下巻を纏めて若い人でも読みやすいように「完本」として改訂していた。それを引き継いで伊福部昭の弟子の皆さんや筆者などが協力して「[完本] 管絃楽法」(音楽之友社、2008)として完成させた。これは500頁を超える大作であり、作曲家を目指す人たちの教科書ともなっている。

 まず、教科書の方をめくってみたが、「協和性」については多くの仮説があり、また、感じ方も人によって様々であり、単純なことではないと書かれていた。2音が同時に鳴ったときの「音の協和と融合」というところを読んでみると、そこだけでも8頁にもわたり、約10個の仮説を紹介しながら、協和と融合の説明をしていた。本によると、前回に話したデミニッシュコードや減音程にすると調和性が崩れることは諸説ある中でも共通する法則といえる。それにしても超多忙だった叔父が、いつの間にこのような多くの文献を集めて読み、それぞれに考察を加えて「管絃楽法」で紹介したのか、改めて感心させられた。

 

第5話_図1左第5話_図1右 

図1 左:「音楽入門」(要書房、1951年)
右:「[完本] 管絃楽法」(音楽之友社、2008年)

 

 ところで、チャイム音の作成にヒントを与えてくれた本とは「音楽入門」の方である。大著「管弦楽法」は版を重ねていったのであるが、「音楽入門」は世の中から完全に忘れ去られていた。私は高校生の時に父親の書斎の本棚に置かれていたのを何気なく手に取って読んだことがあり、何故かその中身が頭の隅に残っていた。叔父が追究していた民族音楽はもう古くて、音楽界では蔑視された風潮であったときに書いた本であるので、世の中の流れに異議を唱えている主張が幾つも見られた。2003年に新装版として全音楽譜出版社から「半世紀の時を経て伝説の名著が復活!」とのうたい文句で再版された。

 著書の中でチャイム作成にヒントを与えてくれた箇所は「音響によって呼び起こされる心情には二種類ある。一つは、その音響それ自体がもつ直接的なものであり、いま一つは、その音に付随した連想に基づく印象である」であり、それに基づいて提唱してきた「映画音楽の4原則」である。さらに本文は「映画音楽のような『効用音楽』と呼ばれるものは、絵でいえばポスターとか小説の挿話のようなもので、その目的は連想の補助である」と続いている。地震のチャイム音は、それを聞いた時に注意が惹かれる直接的な面と、地震を連想させる映画音楽的な面の両方が備わっていることから、映画音楽の4原則が参考になると考えた。

 

<映画音楽の4原則>

 さて、映画音楽の4原則とは次の通りである。ここでは「ゴジラ音楽と緊急地震警報」の著者である筒井信介氏の著書の一部を修正・加筆して話したい。


 (1)状況の設定
 (2)エンファシス
 (3)シークエンスの明確化
 (4)フォトジェニー

 

 「(1)状況の設定」とは、音楽によって映像の時代や状況を説明する手法である。和楽器が入れば時代劇であるとか、不気味なハーモニーであればホラー映画であるとか、その音楽を聴くことによって映像の背後にある時代や環境を推測させる手法である。

 「(2) エンファシス」とは、感情表現を音楽によって増幅する手法である。ドラマの悲しいシーンに悲しげなメロディーを流すことにより、悲しみをいっそう増幅させる手法である。映画音楽で緊張感を増強するために不協和の音程を効果的に使った例として、ヒッチコック監督の映画『サイコ』(1960)の有名なバスルームでの殺人シーンに付けられた音楽(効果音)がある。

 

第5話_図2左第5話_図2右

図2 ヒッチコック監督の映画「サイコ」(1960)のバスルーム殺人シーンにおける音楽(出典:『サイコ』ブルーレイ&DVDセット,ジェネオン・ユニバーサル)

 

 殺人が行われる二十五秒ほどの短いシーンだが、冒頭では女性がシャワーを浴びていて、音楽はない。そこに犯人が入ってくる。弦楽器による半音の重音パターンが一定のリズムで鳴り始め(図2)、画面の緊張感が一気に高まる。そして、肉切り包丁をふりかざす犯人と、襲われる女性の表情が交互にカットバックされ、女性が悲鳴を上げ、排水口に流れる水に血が混じり、女性が床に倒れたところで音楽が低音弦の重々しいフレーズに移行して終わり、シャワーの音だけに戻って次のシーンに移る。

 当初、ヒッチコック監督は音楽を入れず、シャワー音や悲鳴などの効果音だけでシーンを構成するつもりだったが、音楽を担当した作曲家のバーナード・ハーマンが音楽を入れることを主張した。彼は、音楽を付けたバージョンと、付けないバージョンの二種類を監督に見せるデモンストレーションを行った。それを見た監督は、音楽を付けることに即座
に同意したといわれている。

 「(3)シークエンスの明確化」とは、シーンが変わっても同じ音楽を流すことにより一つの連続したストーリーであることを示す手法である。例えば、冬山で遭難している男性のシーンと、母親と子供が暖房のきいた家でくつろいでいるシーンを一つの音楽で結ぶことにより、彼らが家族であることを暗示させる手法である。

 「(4)フォトジェニー」とは、音楽は映像の付加物ではないこと、また、ストーリーとは関係ないことを前提として、映像と音楽を提示することにより、新たな美的価値を生み出す手法である。(2)と似ているようだが、こちらは、同等の価値をもつという点において異なる。例えば、地平線に昇る太陽に荘重な音楽が付けるのは「(2)エンファシス」だが、アップテンポのロックが鳴らされた場合は、映像による感情表現を増幅するのではなく、映像と音楽が融合した、新たな表現となる。

 1954(昭和29)年封切の特撮映画『ゴジラ』のワンシーンで、ゴジラが現れるときにバックでそのテーマ音楽が流れるが、このシーンには「(2)エンファシス」と「(3)シークエンスの明確化」が使われている。すなわち、ゴジラが出現して街を破壊する恐怖感を音楽で増幅させると同時に、炎上する街、消防車、ゴジラの顔といったカットの背後に同じ音楽を流すことによって、これらのカットが一つにつながり、ゴジラが街を破壊したことを明確にさせているのである。
私は、緊急地震速報チャイムに(3)の「シークエンスの明確」化を応用できないかと考えた。つまり、平穏な日常のシーンが続く中で地震の起きる状況を映画のワンシーンと捉え、突如として鳴り出したチャイム音に「もうすぐ地震が来る」、「速やかに避難行動に移るように」というメッセージ性を付加できないかと期待した。これが緊急地震速報チャイムに映画『ゴジラ』で使われた映像音楽の四原則を活用した理由である。

 

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Topics: コラム

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