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緊急地震速報チャイム誕生の裏話 第8話「チャイム音の候補を決める -その1-」

[fa icon="calendar"] 2020/02/12 8:48:15 / by 伊福部達

伊福部達

 

第8話

 

 シリーズ「緊急地震速報チャイム誕生の裏話」の8回目です。今回は緊急地震速報チャイムのチャイム音のフレーズを実際に作っていく過程についてのお話です。

 


 今回から3話にかけて、伊福部昭が作曲した純音楽の一つである「シンフォニア・タプカーラ」から実際のチャイム音に絞り込んで行く過程を話す。第7話で述べたように、参考になる幾つかのクラシック曲が頭をよぎったが、私は叔父が苦労して時間をかけて書いた曲を残したいという気持ちもあり、他の作曲家の作品を外した。そして、「急げ」というメッセージ性を感じ取ることができた第三楽章の冒頭の1小節を選んだ。電子ピアノの老舗であるコルグ社が、持ち運びできるものとしては最高級品の楽器を貸し出してくれることになり、NHK専属のシンセサイザー奏者がそれを演奏するという体制が整った。

 

第8話_図1 

図1 第三楽章の冒頭部分の一部(パート譜)

 

 図1 は、「シンフォニア・タプカーラ」第三楽章Vivace(ビバーチェ)の冒頭部分である。Vivaceとはイタリア語で「速く、生き生きと」の意である。最初に「ジャン」と聞こえる全合奏による和音が入り、それに続いて弦楽器による「ジャカジャカ」というトリル風のフレーズが刻まれている。まずは、ジャンの和音とその後の「ジャカジャカ」といフレーズも含めて1小節全体を使用した。しかし、1小節全体を利用するとチャイム音というよりは音楽的なメロディーが残り、出典が推測される可能性があった。それで、冒頭部の和音の音数を減らして、その後の「ジャカジャカ」の一部をシンプルなトリルにして残すことにした。最終的には、和音は時間的に分解してアルペジオにしてチャイムの冒頭部としている。このような試行錯誤的な作業がしばらく続き、候補となるチャイム音を絞り込んでいった。

 

<テンション・ノート>

 図2の上図に示したように、候補としたチャイムの和音の冒頭部にはテンション・ノートが含まれている。テンション・ノートとは、和音に緊張感を与える音のことである。例えば、 C の和音なら、基本となる構成音は「ド・ミ・ソ」であり、それ以外の音はテンション・ノートをはじめ様々な役割を持っている。音の種類によっては、緊張感が生まれたり、不安な気持ちを起こさせたりする。「ド・ミ・ソ」だけだと響きは美しいが、安定しすぎて緊張感に欠ける。逆に、ホラー映画のサウンドトラックのように強い不安感をもたらす響きだと、何度も聴かされているうちに神経が疲れてしまう。余計な不安心理を起こさせない程度の適度な緊張感が緊急地震速報チャイムに求められる響きである。

 もう少し詳しく述べると、この和音は「ド・ミ・ソ」に「シ♭(7th」と「レ♯(♯9th」がついた音型となる。ドを根音(ルート)とすると、コードネームとしては「C7(9th)」(シー・セブン・シャープ・ナイン)になる。とくに「レ♯(♯9 th」の音が緊張感を生んでいるようである。ただし、このような音程関係が緊張感を生む理由は経験的に知られているが、科学的に解明されているわけではない。試しにこの和音からシャープ・ナインスを取ってしまうと、いわゆるセブンス・コードになり、緊張感が一気になくなる(図2下図)。

 

第8話_図2_1

第8話_図2_2

図2 冒頭部の和音から音数を減らして作った和音(Cに変調)。
上図はテンションノートを含む、下図は含まないC7 ので緊張感が薄れる

 

 さらに、この和音を利用すると言っても、音符の出てくる順番、音符の長さ、出てくる回数などを考慮すると、「C7(9th)」 の構成音(ド・ミ・ソ・シ・レ)の中だけでも、数学的には膨大な数の組み合わせが存在する。とてもそれらをチェックする余裕は無いので、まずは和音の構成音の順番を変えずに、和音の音型をFM音的なアルペジオにすることにした。

 

<候補和音をFM音的なアルペジオに>

 

第8話_図3 

図3 候補和音を上行型のアルペジオ(上図)と
下降型のアルペジオ(下図)(ただし、Cに転調)

 

 例えば、「C7(9th)」の場合、ルートの「ド」から始めて構成音をそのまま上行型のアルペジオにすると図3の上図になり、逆に下行型にすると図3の下図になる。恐怖感を与える「キャー」が上昇FM音であることから、下行型よりは上行型の方が警報チャイム音らしく聴こえることは容易に想像された。また、映画のサイコやゴジラのテーマのように同じ音型を執拗に繰り返すことにより緊張感は増すが、チャイム音を発信している「時間の長さ」が大きな問題となる。震源地に近い所では、P波が来てからS波が来るのに数秒しかないことから、チャイム音はその間に発信しなければならない。そこでとりあえず、2個の音型を繰り返すことにして、音型の速さを変えたり、2個の音型のルートを変えたり(例えば最初のチャイムはドから、二つ目はド♯から始める)して、チャイムの候補音を作っていった。実を言うと、私は「ジャン」の次に続く、「ジャカジャカジャカカ」の方が行動せよと「せかせる」ようなメロディであると感じていた。前述のように、それをどうしても生かしたいと思い、チャイム音の後に、隣接音を交互に繰り返す「トリル」にして残した。ただし、それは映画サイコで緊張感を与える音楽と同様に恐怖心をあおる音であり、地震の後にくる津波を想像させるような音でもあった。このことは後述する評価実験の結果からも明らかになった。

このような経緯を経て警報チャイム音らしく聴こえる数多くのフレーズを作って、それらを弾いてもらって私と担当者が試聴しながら、音楽になりすぎず、しかも無機的になりすぎない方向で徐々に絞り込んでいった。最終的に7個の音型を候補音として決めて、次回で述べるように、難聴者でも聞きやすい音になっているか、和音の要素音は無機質な電子音が良いのか、バイオリンやピアノのような楽器音が良いのか、などの検討に入った。

 

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Topics: コラム

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