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緊急地震速報チャイム誕生の裏話 第9話「チャイム音の候補を決める -その2-」

[fa icon="calendar"] 2020/03/12 14:02:43 / by 伊福部達

伊福部達

 

第9話

 

 シリーズ「緊急地震速報チャイム誕生の裏話」の9回目です。今回は誰にも聞き取りやすい音とは何か?という観点のお話です。

 


 緊急地震速報チャイムは、健常者だけを対象にしているわけではない。伝える情報の重要性からいって、一人でも多くの聴覚障害者に伝わることが望ましい。ただし、ひと言で聴覚障害といっても先天性、加齢型などさまざまなタイプがあり、すべてに対応するチャイム音を作ることは難しい。しかし、どういう音響がどのタイプの聴覚障害に聴こえるかは、福祉工学における長年の研究データから、おおよそ推測できる。あのチャイム音を聴いて、作曲家がピアノを弾きながら適当なメロディを探していったのであろう、と考えている人がいるかも知れないが、実はその制作過程では難聴者のための福祉工学の経験を活している。ここではチャイム音を誰にも聞き取りやすくした工夫について述べる。

 

<高齢者は高音から聞こえなくなる>

 

 候補となるチャイム音を作成するために、再び株式会社コルグの協力を得て最新のシンセサイザーを研究室に運んでもらい、またNHKからはシンセサイザーのプロの演奏家を派遣してもらった。シンフォニア・タプカーラの第三楽章のコピー譜面を演奏家に渡し、私やNHKディレクターなどの注文にしたがって冒頭部を何回も編曲して弾いてもらい、チャイムとしては「長すぎる」、「金属的すぎる」、「柔らかすぎる」、「音楽的すぎる」など好き勝手な感想を述べながら、候補音を選んでいった。20曲位になった候補音は全てコンピュータに取り込んでおき、一人になってから何回もそれらを聞き、第6話で述べた「チャイム音の五か条」に照らし合わせてふさわしいものを絞り込んでいった。その中でも、難聴者でも聞き取りやすい音であるかどうかは特に注意を払った。

 聴覚検査では200Hzから8000Hzにわたる「ピー」という純音を聞かせながら、やっと聞こえる時の音の強さと高さの関係を調べるが、高さと聴力低下の関係はおおよそ図1のようになる。この図から、一般に加齢とともに高い音が聞こえにくくなることが分かる。

 

 

第9話_図1 

図1 音の周波数(横軸)とやっと聞き取れる音の強度(縦軸)の年齢による変化

 

 聴力の衰えを身近で知る上で、防犯に使われる「モスキート音」を聞くと分かりやすい。これは17kHzの高周波を出す装置で、コンビニの前などに若者が長時間居座るのを防ぐためにイギリスで開発されたものである。17kHzという高周波は20歳台の後半になるとたいてい聴こえなくなる。65歳以上の高齢者になると、かなり大きな8kHzの音でも、やっと聞き取れるかどうかのレベルまで聴力は落ちてしまう。

 

<チャイム音型の音域>

 加齢による聴力低下の原因を知ってもらうために、そのメカニズムについて少しだけ述べたい。第1話で話したように、内耳のカタムリ管に伝わった音で基底膜が振動し、その上に配置されている有毛細胞が刺激される。基底膜の振動は高い音ではカタツムリ管の入口だけであるが、低い音では入口から奥の方まで広い範囲にわたる。したがって音の高低に関わらずカタツムリ管の入口にある高音を受け取る有毛細胞はいつも刺激されるので経年劣化が早くなり、その結果、高い音ほど早く聞こえにくくなるのである。

 

第9話_図2

図2 チャイム候補音の1(ソ(G)、ド(C)、ミ(E)、♭シ(B)、♭ミ(E)
およびそれらの半音高くなった5連音)の時間スペクトルパターン

 

 さて、候補となったチャイム音の時間スペクトルパターン(声紋)を調べると図2のようになる。図を見てわかるように、5連音の構成音の根音(ソ(G)、ド(C)、ミ(E)、♭シ(B)、♭ミ(E)およびそれらの半音高くなった5連音)は400Hzから1300Hzであり、その第2倍音は800Hz2700Hzの範囲にある。普通の会話音は約55dBであり、テレビ音はそれよりも少し弱いと考えると、図1の中に灰色の領域で示したように、前期高齢者である75歳未満の平均的な聴力で十分に聞き取れることが分かる。高度難聴でも補聴器を装着して中度難聴の範囲に入ることができれば、チャイム音は聞き取れるはずである。実際には難聴と言って極めて多様であるが、このように加齢に伴う難聴を基準にしてチャイム音の高さの範囲を決めた。

 ところで、音声の重要な成分のある帯域はおおよそ100Hzから4kHzであるから、図1から想像すると、高齢者でも言葉の聞き取りには不自由しないことになる。しかし、実際には、会話が聞き取れなくなるような高齢の難聴者が増えており、超高齢社会に突入してからはさらに急増している。補聴器で聞こえなくなった高音部を増強し、耳に聞かせれば解決すると思うかも知れないが問題はそんなに簡単ではない。聴力低下により、音を処理する中枢も変化してしまうことが問題なのであるが、未知のことが多いので難聴メカニズムの「深入り」は止めておこう。ただ、私どもは耳の聞こえにくくなった高齢者に無意識に「ゆっくり」「ハッキリ」と話していることから、少なくともチャイム音の音色もハッキリしていることが重要である。

 

<チャイム構成音の音色>

 高齢者や難聴者に限らず、生活雑音や交通騒音などにマスキング(隠蔽)されて聴こえなくなるようでは、チャイムの音色としては失格である。従って、一音一音の音色が環境音に負けないようにするためにも、ハッキリとしていることが求められる。

 最初は、音色を選ぶ過程でパソコンやゲーム機などによく使われる電子音を検討した。電子音なら自然音とかけ離れているので、ハッキリとしたチャイム音になるのではと考えた。しかし、調べてみると現代の家庭環境にはゲーム機や家電製品のアラームなど、想像以上に電子音が氾濫していることがわかった。チャイム音を電子音にしてしまうと、かえって目立たなくなるということで、電子音の採用は見送った。では楽器の音はどうか?

 楽器の音には大別して二種類あって、一つはオルガンやバイオリン、サクソホンなどの「持続音系」。特徴は、立ち上がり滑らかで音量が持続することである(図3上図)。もう一つはギターやピアノ、ハープなどの「減衰音系」。立ち上がりが鋭く、音量が急速に減衰するのが特徴である(図3下図)。 候補音の音色を絞り込むときに、同時に「持続音系」と「減衰音系」のどちらがハッキリしているかを考えた。

 

第9話_図3

 第9話_図4 

図3 上図 減衰音系楽器音(ピアノやギターなど)の強度変化
    下図 持続音系楽器音(オルガンや管楽器など)の強度変化

 

 結論から言うと、私は減衰音系のピアノ音に電子音を加えた音にして「チェンバロ」のような響きにすることにした。理由は、減衰音系の楽器音は立ち上がりがハッキリしているばかりでなく、その倍音(基本周波数の整数倍の周波数を持つ音)が豊富であり、周囲の雑音によってマスキングされにくいからである。また、ピアノ音だとあまりにも聞きなれた音であることから、電子的な減衰音をブレンドしたのである。

 このように構成音の音色も決まったので、次回で話すように、再びチャイムに相応しい音型を絞る作業に入った。

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Topics: コラム

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