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高齢社会を豊かにするテクノロジーを求めて  第1話JSTの国家的プロジェクト「高齢社会(略称)」が始動するまで

[fa icon="calendar"] 2020/10/30 10:00:12 / by 伊福部達

伊福部達

 

第1話

 

 シリーズ「高齢社会を豊かにするテクノロジーを求めて」の第1回目です。「高齢社会」プロジェクトとは何か、どんな目的で結成されたのか、のお話です。

 

 

 

〇はじめに

 大地震が東日本を襲い、私の作成した緊急地震速報チャイムが鳴り渡った日の丁度一年前の2010年3月11日に、私が代表としてJST(科学技術振興機構)から依頼された国家的プロジェクト「高齢社会(略称)」が本格的に始動した。これはJSTの中で進められていた「戦略的イノベーション創出推進プログラム(以下、S-イノベ)」という産学連携プロジェクトであり、そのテーマ名として「高齢社会を豊かにする科学・技術・システムの創成(以下、高齢社会)」と名付けたものである。10年にわたって続けられた長期的なプロジェクトであったが、2020年3月でその役割を終えて、やっとそこで何が議論され何が生まれたのかを公に発表できる段階に入った。このブログでは、今年の秋にネット上で公開される最終報告書にできるだけ忠実に、この間の試行錯誤であった「内幕」を話したい。

 

〇プロジェクトの夜明け前

 

第1話_図1
図1 世界の高齢化率の推移と予測

 

 「高齢社会」プロジェクトが発足した2010年は、日本の65歳以上の高齢者の人口比が世界で初の20%を超え、超高齢社会に突入しようとしていた(図1)。そのため、「労働者人口」の減少と「社会保障費」の増加、そして長い老後の「生きがい」をどこに求めるかが緊急を要する現実的な課題になっていた。プロジェクトは、この課題に産学が一体となって応えようとした壮大なテーマへの挑戦であった。

 私は、約40年にわたり障害者を技術で支援する福祉工学研究を行ってきたことからその経験を活かして欲しいと依頼され、テーマの名称から目標、方法、評価の設定までを任された。

 テーマ名としては前述の「高齢社会(略称)」とし、大目標として元気な高齢者には「社会への参加」を促し、虚弱になった高齢者には「自立した生活」を支援することを提案し、我が国が力を入れてきた情報システムやロボット技術を活かすことにより、マイナス面をプラスに転換させる道を探ることとした。

 有識者に集まってもらって3回にわたる公開ワークショップを通じて議論し合い、また同時期に東京大学内に設立された「高齢社会総合研究機構」のメンバーからも多くの助言を得て、約半年をかけてテーマを具体化していった。その結果をJSTの会議で報告した後、私が本テーマの領域代表(プログラムオフィサー、以下PO)をすることになり、次の段階である公募要項の作成に入った。ここで、本テーマは2010年度から2019年度までの10年間も続く長いプロジェクトであり、この間に私自身が高齢者になり体力や知力を持続させる自信がなかったことから、3名(途中から2名)のPO補佐を設けてもらうことにした。

 ここでは、私の仲間たちで議論して生み出したテーマの目標や研究開発のアプローチについて話し、本テーマが、我が国の「経済発展」と個人の「生きがい」を両立させるのに大きく貢献するであろうと夢見た当時の思いを述べたい。ブログとしては堅い話から始まるが、どうかご容赦の程をお願いしたい。

 

〇プロジェクトの目標をどこに置くか

 高齢者は心身ともに虚弱になるので、それを技術で助けるという所に目標を設定するのは、元気老人が溢れる今の時代にはそぐわないし、その目標は医療・介護が担うものであろうと考えた。識者の意見も参考にしながら設定した大目標を「高齢者の社会参加を促す」ところに置くことにしたが、その理由は少しずつ話していくこととし、報告書の前書きの部分を示したい。

 まず、社会参加を促進することにより、生きる上で必須な「動く」、「食べる」という行動も促されるので結果として健康維持につながる。それが若い人を助けることになれば、社会保障費の軽減や労働者人口の増加にもつながる。そして何より、長い老後の「生きがい」に結び付くことが期待された。一方では、医療の進歩や食生活の改善のおかげで数十年前に比べると高齢者は心身共に10歳以上も若くなっているという論文が次々と紹介されていた。また、高齢者の中で70%を超える人たちが社会参加や再就労を希望していることなどの調査結果が得られていた。このことからも社会参加の重要性は裏付けられていたし、何より新しい産業が生まれ経済への貢献も大きくなると考えた。

 

第1話_図2図2 社会参加・就労の支援と介護・QOLの支援

 

 このような観点から、図 2に示したように、元気な高齢者には「心身を支援しながら社会参加・就労を促す」に重点を置くことにした。そこで開発された支援技術・システムを発展させることで、虚弱になった高齢者の「QOL(生活の質)の向上と介護負担などの軽減を図る」に生かすこととした。さらに、その技術やシステムを新しい産業の創出に結び付けるという道筋を立てた。そして、プロジェクトの最終的な評価は「経済発展への貢献」や「介護負担の軽減」という社会的な面と「生きがいの増加」や「QOLの向上」という個人的な面を軸にするのが妥当であろうと判断した(図 2の右側)。

 研究課題を公募した結果、54課題もの応募があり、高齢社会への関心の高さには驚かされた。何回もの選定会議を経て、結局「体に負担をかけない軽労化スーツ」、「安心・安全な自律運転知能システム」、「対話で認知機能を支援するコミュニケーションロボット」、「働き方を助ける高齢者クラウド(ジョブマッチング)」の4課題が採択された。選定の経緯や各課題が何を成し遂げたかは後のブログで話すが、「生きがいやQOLの向上」と「経済への貢献」という目標設定と評価基準についてはテーマの発足時から変わることなかった。

 

〇10年間における社会の価値観とICT(情報通信技術)の変容

 プロジェクトを進めている期間に、「一億総活躍社会」、「生涯現役」、「人生100年時代」、「70歳定年」、「働き方改革」などという言葉が飛び交い、老後を支える年金問題は誰にとっても大きな関心事となった。高齢社会に対する日本人の見方や価値観が大きく変わり、人口減少社会とも連動して本テーマは行政の政策にも関わるようになってきた。

 一方では、AI(人工知能)、ヒト型ロボット、自動運転車、GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)と呼ばれるインターネット企業群など、先端技術や新企業が急速に発展していった。このことから度重なる会議の度に研究開発の方向や方法の修正と追加が繰り返され、類似する新技術との差別化をどうしたら良いのかが盛んに議論された。次回からは、プロジェクトの紆余曲折であった内幕に触れながら、そこから垣間見えてきた高齢社会における技術・システムの役割とあり方について話していきたい。

 

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Topics: コラム

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