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高齢社会を豊かにするテクノロジーを求めて 第10話 「サイバー」って何だろう、高齢社会にどのように関わるのか?

[fa icon="calendar"] 2021/10/29 11:58:25 / by 伊福部達

伊福部達

 

第10話

 

 シリーズ「高齢社会を豊かにするテクノロジーを求めて」の第10回目です。今回はサイバーの語源である「サイバネティックス」についてのお話です。

 

 

 この数十年にわたり、ICTの急速な進歩と普及にともなって使われるようになった言葉に「サイバー**」というのがある。**には色々な言葉が入るが、例えば「サイバー空間」、「サイバー攻撃」、「サイバーテロ」、「サイバーセキュリティ」などが挙げられる。いずれもコンピュータネットワークすなわちインターネット(以下、ネット)が張りめぐらされた空間や社会を指し、ネットを利用した犯罪や犯罪防止のことをいう。このように身近で見聞きする言葉であるのに、「サイバー」の語源や意味については意外と知られていない

 答えを言うと「サイバネティックス」の頭の「サイバ」が語源である。SF小説でしばしば登場する「サイボーグ」も「サイバー+オーガニズム(生命体)」という造語であり、一般には機械と人間が合体した人造人間を指す。さらに「デジタルDX」、「スマートシティ」というように「デジタル**」、「スマート**」という言葉も氾濫しているが、これらもネットを駆使した効率の良い社会を指し、元来の「サイバー**」の概念と似ている。いずれも「機械や通信」と「人間や社会」とが一体化した世界とでもいえよう。ではサイバネティックスとは誰が提唱し、どのような概念なのであろうか。実は、これは私が取り組んでいた「福祉工学(Assistive Technology)」の骨格になるものであり、高齢者自身や高齢社会コミュニティを支える大きな柱の一つでもある。


〇サイバネティックスとの出会い

 50年以上も前に、私は北海道大学の電子工学科を卒業したあと、大学院の修士課程で応用電気研究所の「メディカルエレクトロニクス部門(ME部門)」に配属された。当時のME部門は電子工学を医療へ応用することを目指した草分け的な研究室であった。実をいうと、配属されたというよりもそこに憧れて志願したのである。

 ME部門では、まず、電子工学とともに医学部の講義を受けるように義務付けられていた。実際、先輩の何人かは医学講義の後で受けた試験にも合格し、生理学や病理学などの単位を取得していた。私も、医学部の教養課程で2年間にわたり生理学を受講した。印象に残った多くの講義があったが、その中でも脳・神経系の生理学がとくに面白かった。そこで「サイバネティックス」の概念を教わったのである

 生理学の講義中のこと、先生が学生の一人を呼んで先生の横で直立不動した状態で目をつむるように指示したのち、先生がその学生の肩をいきなり押すという場面があった。学生は慌てずに元の直立不動の姿勢に戻ったとき、先生は「ナゼ、君は元の姿勢に戻れたのか?」という質問を投げかけた。学生は「だって、戻らないと倒れてしまうから」と怪訝そうな顔をして言った。先生は階段教室にいた全生徒に顔を向けてナゼだろう、それを次回までに考えて欲しいといって講義を終えた。

 確かに、直立している丸太棒を押したときに、押す力がある程度強いと丸太は何ら抵抗せずにバタッと倒れてしまう。一方、学生の場合には、先生の押した力によって一旦はバランスが崩れる。しかし、その崩れを体内の受容器がキャッチし、その信号が脳や脊髄に伝わり、そこから足腰の筋肉を動かすための信号が送られ、筋肉の動きで倒れかかったのを元に戻そうとする。講義を聞きながら、それは電子工学科で学んだ制御理論にも通じる概念であることに気が付いた

 例えば、部屋の温度を一定にする空調は電気制御で働いている。部屋の温度が何らかの原因で下がったときには、温度センサでどのくらい下がったかを計測し、温度を上げよという「フィードバック信号」が空調に送られる。医学部の講義で倒れ掛かった生徒が元に戻った時にもフィードバック機能が働いたのである。温度制御の付いた空調とヒトの転倒を避ける機能には共にフィードバックがあり、その共通の機能だけを抽出して概念化したのがサイバネティックスである。このように外乱あっても同じ状態を保とうとするのを「ホメオスタシス(恒常性:homeostasis)」と呼ぶ。

 

〇サイバネティックスの元祖

 アメリカの数学者で、生物学者、哲学者でもあったノーバート・ウィーナー(1894~1964)は第2次世界大戦中、政府の依頼で逸早く敵機を撃ち落とすための砲撃システムを開発する研究を依頼されていた。彼は色々な推考を経て、まず、敵機が飛んできた軌跡を①計測して記録し、そのデータを基に敵機がどの方向にどこまで進むのかを②計算により予測し、そこに大砲の③照準を当てて正確に敵機を撃ち落とすというシステムの重要性を示した。その3つの機能はヒトの場合には「感覚」、「脳」、「運動」に相当する。

 

第10話_図1図1 計測(感覚)、情報処理(脳)、制御(運動)が
循環する概念「サイバネティックス」

 

 図1に示したように、サイバネティックスは古代のギリシャ人が①星の位置を計測して、②船の進むべき方向を計算し、それを基に③舵を制御する、という一連の流れを「舵取り(サイバネティックス)」と呼んだことから、ウィナーがそれを拝借して、このようなシステムをサイバネティックスと命名した。ロボットのような自動機械の場合には、感覚は「センサ」、脳は「コンピュータ」、運動は「アクチュエータ」に相当する。どちらもシステム内に流れる情報が重要な役割を果たすので、情報循環システムと考えることもできる。

 

〇個体におけるサイバネティックス

 ここでは詳しい話はしないが、感覚、脳、運動系ばかりでなく、体内では恒常性を保つように色々なフィードバック機能がついている。循環器系、免疫系、消化器系さらには遺伝子系も多重なフィードバック機能により、恒常性が保たれている。生体は体内外の状態や環境に適応して恒常性を保つ「サイバネティック機械」といえるのである。

 しかし、個人差はあるものの、高齢化すると体の動きを検出する「感覚」、そこで得た信号を処理して判断を下す「中枢」、そして中枢からの信号で働く「運動」の機能が衰えてきて、転倒しやすくなる。この恒常性を保つフィードバック機能が衰えてくると、高度かつ精緻な部位から壊れていく。さらに普遍的な観点からみると、秩序ある全てのシステムは無秩序に向かうという「エントロピー増大の法則」という熱物理学の大原則には逆らえず、システムそのものが壊れていくのである。どんなに立派で頑強な構造物でも手を加えないままで放置しておくとやがて崩れていき、土に還るのと同じである。

 

〇ヒトの機能の何を支援したらよいのか

 

第10話_図2
図2 
感覚、脳、運動の機能をICTで支援する
(図中のIRTはロボットを表す)

 

 それでは、ヒトというシステムの恒常性をできるだけ保つようにするには、何をどのように支援したら良いのであろうか。今までの考察から、図2に示したように、ヒトを情報循環する自動機械という視点で見ると、「感覚」、「脳」、「運動」の3機能を維持させ、その3機能を結ぶ情報の流れを途絶えないようにすることになる。ただし、感覚で受け取る情報や、運動で働きかける環境は時代と共に絶えず変化しているので、時代によって支援する部位や方法も変えなければならない。特に、コンピュータ、スマホ、ロボットで囲まれているようなサイバー社会の中で、高齢化しても健康で自立して過せるようにするテクノロジーとして何が優先されるべきか。その答えは無数にあるが、私どもは、国を経済的に豊かにするという観点を重視し、図2に示したように、支援すべきテクノロジーとして幾つかの例を挙げた。その具体的な内容は次回にゆずりたい。

 なお、気候などの自然現象、生物が作った多様な生態系、人間が営む経済の世界でも、色々なフィードバック機能が多重かつ複雑に働き、できるだけ恒常性を保とうとしている。サイバネティックスは、高齢社会におけるコミュニティをどう作ったら良いのかを考える上でも重要なヒントを与えてくれる。コミュニティとサイバネティックスとの関わりについても次回に話したい。

 

 

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Topics: コラム

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