Bitis ブログ

高齢社会を豊かにするテクノロジーを求めて 第11話 人工心肺(ECMO)からコミュニティにおけるサイバネティックスへ

[fa icon="calendar"] 2021/11/29 9:00:00 / by 伊福部達

伊福部達

 

第11話

 

 シリーズ「高齢社会を豊かにするテクノロジーを求めて」の第11回目です。今回はサイバネティクスからICT・IRTへの応用についてのお話です。

 

 

〇サイバー社会の起源

 前回話したように、アメリカの数学者で、生物学者、哲学者でもあったノーバート・ウィーナーが「サイバネティックス」という概念として提唱してから73年が経った。それは第二次世界大戦中、逸早く敵機を撃ち落とすための砲撃システムの開発研究から生まれた。敵機の位置は、当時、実用化されていた「電波レーダ」で捉えることができた。つまり瞬間的(パルス的)に発射した電波が敵機から反射して戻ってくるまでの時間とその方向から求めることができた。しかし、そのあと敵機がどの方向にどこまで進むのかという予測のためには今までの敵機の軌跡を基に複雑で時間のかかる計算が必要であった。計算が遅いとその間に敵機は遠くに飛んで行ってしまうので、できるだけ短時間で計算する方法を開発しなければならなかった。

 色々な研究者が計算を早くする機械に挑戦した結果、パルス的に変化する電圧を使って、パルス電圧あり(0)とパルス電圧なし(1)の2値からなる2進法を使うことが有利であることが分かってきた。幸い、電波レーダの進歩により電圧パルスを作り出す技術は確立していた。しかもパルスにすると少しぐらいの雑音があってもそれに埋もれることがないので計算が正確になることも分かった。電波パルス技術と2進法による計算が現在の電子計算機(コンピュータ)の礎となった。そしてコンピュータは驚くべき発展を遂げ、それと通信が結び付いたインターネットという、ウィーナーも想像していないような「サイバー社会」に至っている。

 

〇サイバー肺「ECMO(体外式膜型人工肺)」の起源

 一方では、生物学も専門であったウィーナーは、自分が提案した砲撃システムは人間を含む動物というシステムと共通する部分が多いことに気が付いた。砲撃システムも人間も「計測(感覚)、情報処理(脳)、制御(運動)」の3つの要素からなるシステムとして扱えることを示した。感覚・脳・運動からなるシステムだけでなく、呼吸・循環器系、消化器系などあらゆる体内システムはサイバー装置からなっているといっても過言ではない。半世紀も前の話しになるが、私の研究室で開発していたECMOの研究からその一端を話したい。

 私は、1970年の初頭の大学院時代から10年間ほど北大の応用電気研究所にあったME(メディカルエレクトロニクス)部門にいた。当時は、呼吸・循環器系の人工臓器の開発研究が主流であった。教授は電気工学科の出身であるが医学博士で、助教授も物理学科の出身で医学博士であった。2人の助手のうち一人は医学部出身の内科医で、博士課程にも幾人かの医学部出身の学生がおり、まるで医学部の医局にいるような研究環境であった。

 そこで最も力を入れていたのが「人工心肺」という装置の研究であった。 これは肺の機能が極端に弱ったときに、その肺を休めるために体外に設置した装置で呼吸を補助する治療機器である。実は、それはコロナ禍の中で活躍している「ECMO」そのものである。正確に言うと、ECMOは、肺を全く使わないで、患者の体内から血液を抜き出し、人工肺で二酸化炭素を除去するとともに、赤血球に酸素を付加し、再び体内に戻すことを行う装置である。

 

第11話_図1図1 人工心肺(ECMO)の基礎研究
(北大・応用電気研究所・ME部門、1970年頃)

 

 研究室ではそのための基礎研究が盛んに行われていた。図1は、呼吸不全のため酸素不足になったにイヌの血液を、健常なイヌに流し込み、その肺を借りて呼吸不全犬に酸素を供給する「クロスサーキュレーション」の実験をしている場面である。研究室では、この基礎研究を基に健常イヌの肺に相当する人工心肺を作っていたのである。これは、人工心肺は血液の酸素濃度を「測定」しながら、目的の酸素濃度になるようにコンピュータが「計算」し、患者に回す血液の量を「制御」するシステムである。まさに、ECMOは計測と情報処理と制御が一体化したサイバー肺である。

 

〇コミュニティ内におけるサイバネティックス

 「サイバネティックス」の考え方は、都市の交通システム、市場の経済システムなど社会やコミュニティの中でも広範囲に適用されるようになった。一方では、2001年にWHO(世界保健機関)は、「生活する上で必要な機能を支援する国際水準」を提唱している。それに基づくと、コミュニティの中で知的な社会生活を送る上で必要なのは「情報獲得」、「コミュニケーション」、「移動」の3機能であると述べている。言うまでもなく「情報獲得」は「感覚」に、「コミュニケーション」は「脳」に、「移動」は「運動」に対応させて考えることができる。図2に示したように、コミュニティの中の生活においても、サイバネティックスの概念がそのまま生かされている。私どもは、高齢社会についても同様に、これらの機能を支援するのに必要な技術・システムに絞り込んでいくことにした。

 

第11話_図2
図2 JSTプロジェクト「高齢社会」で設定した5課題

 

 結論から言うと、それらの支援技術・システムとして、インターネットに代表されるようなICT(情報通信技術)やロボットに代表されるようなIRT(情報ロボット技術)を活かすこととした。そして具体的に開発すべきものを、(a)「ウェアラブルICT」、(b)「インフラICT」、(c)「労働支援IRT」、(d)「移動支援IRT」、(e)「脳機能支援ICT・IRT」の5つに設定した。図2の中に書いたように、前回述べた個人を支援する3つのテクノロジーに「インフラ支援ICT」と「移動支援IRT」が追加された。これらの内容を短い文章で表すと、以下のような支援技術とサービス技術になる。

 

① 身に付けて感覚・コミュニケーションと健康管理を支援する「ウェアラブルICT」
② 通信・放送における情報の獲得や発信を容易にし、就労を助ける「インフラICT」
③ 体力を必要とする労働や介助の負担を軽減し、働きやすくする「労働支援IRT」
④ コミュニティ内を安全に安心して自由に移動し、活動範囲を広げる「移動支援IRT」
⑤ 理解・記憶・表出を補助し促進させ、生活の自立を助ける「脳機能支援ICT・IRT」

 

 ただし,ICTやIRTを活用する上で、全ての支援を機器やサービスに委ねるのではなく、あくまでもユーザの負担を軽減する道具として、また社会参加を促すツールとして位置づけた。なお、自動車の場合には特にそうであるが、いずれの機器・システムでもそれらがユーザや社会に受容されるかどうかを調査し、普及させるためには道路交通法、PL法(製造物責任法)、薬事法などの法制度の見直しも検討することにした。

 また、「食事」、「住宅」、「医療・介護」など健康な生活を送る上で不可欠な機能は別のプロジェクトで採り上げてもらうこととした。カバーする範囲は狭くなったが、サイバネティックスという軸で、高齢社会を豊かにするICTとIRTを徹底的に追及することに目標を置いた。ただし、この5課題はどの社会においても必須なものであるが、それを高齢社会に積極的に活かすメリットについては次回話したい。

 

 

===============================================================

BCP対策として初動対応マニュアルの作成はお済ですか?マニュアルを作成する上で、災害リストの想定が必要になってきます。リスクを想定して避難計画を立てるポイントをまとめたホワイトペーパーをご用意しておりますので、ぜひご活用ください!

↓ダウンロードはこちらから
初動対応マニュアル「災害リスク想定」

 ===============================================================

 

 

Topics: コラム

あわせて読みたい

伊福部達

Written by 伊福部達