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高齢社会を豊かにするテクノロジーを求めて  第3話 進化の過程から考える寿命

[fa icon="calendar"] 2021/01/25 9:30:00 / by 伊福部達

伊福部達

 

第3話

 

 シリーズ「高齢社会を豊かにするテクノロジーを求めて」の第3回目です。今回は「人間の寿命」についてのお話です。

 

 

 

 高齢社会問題でまず議論されたことの一つは、ヒトは一体何歳まで生られるのか、という素朴な疑問であった。医療技術がますます進歩して平均寿命がもし何百歳にもなったら、若い人たちはその超高齢者を経済的にとても支えきれなくなろう。もっとも、そのような時代が来るまでには社会保障の仕組みが大きく変わっているはずなので、若い人たちは今から案じることはないかと思う。しかし、近年、進歩と普及が著しい再生医療、人間型ロボット、人工知能(AI)などを見ていると、高齢化により次々と喪失していく機能を最新技術で補うことができるようになり、誰もが何百年も生きられる時代がくるのではないかと思ってしまう。そんな将来も空想しながら、一方では、生物の進化と寿命の不思議な関わりを考えながら、老後の生活を元気に快適に送るためのテクノロジーの基本的なあり方について考えていきたい。

 

〇寿命と体重の不思議な関係

 動物ではないが、屋久島で生きているある種の杉は寿命が千年を超えるものもあるので、千年という寿命は植物にとってはそんなに珍しいことではない。植物は太陽のエネルギーや大地の水分や養分を「食べる」ことで動かなくても生きていけるので、極めて省エネな生活を送っている。また、「サンゴ」の多くは動物でありながら植物のように海中でただボーっとしているだけで、それに巻き付いている海藻類が光合成して、サンゴに生きるための栄養を捧げている。サンゴは個体の集まりだとしても長寿なものは数千年も生き延びるという。いずれにせよ長生きという観点からは、動き回らない生き方が賢い選択であるといえる。しかし、一般の動物は動く道を選んだことにより果てしない試練に立ち向かうことになった。つまり「食べる」ために「動く」道を選んだことから死ぬまで餌を求めてさまよい続ける運命を背負ってしまったのである。

 

第3話_図1
図1 哺乳類における心周期(T)と体重(W)の関係(ほぼT∝(W1/4となる)。

 

 ただし、動物と一言でいっても大きさや形も極めて多様であり、その寿命は特に体重に関係することが良く知られている。一寸、寄り道になるが、寿命と体重がどのように関わっているかを話したい。このことを素人でも分かりやすく解説した著書に「ゾウの時間、ネズミの時間 -サイズの生物学-」(本川達雄、中公新書、1992年)がある。著者の本川先生は、歌う生物学者と呼ばれていたユニークな方で、東京工業大学の教授でいらっしゃる。さて、その著書によると、体重(kg)を横軸に心周期(秒)を縦軸にしてグラフにすると、図1のようになる。図から、体重が大きいほど心周期が大きいことになる。心周期とは心臓が一回ドッキンと鼓動する時間であり心拍数の逆数である。この図から哺乳類の時間(T)は体重(W)の1/4乗に比例し、あえて数式で表すとT∝(W)1/4となる。数式はさておいて、概算すると1トン(1,000kg)のゾウの心周期は約5.6秒となり、100グラム(0.1㎏)のネズミの心周期は0.56秒となる。「せかせか」と動き回っているネズミと「ゆったり」と動いているゾウの鼓動は10倍も違うということになり、納得できる値である。

 一方、哺乳類はどの動物でも、一生の間に心臓は約20億回打つことが知られている。したがって、これに心周期を掛けた値が寿命ということになる。実際に計算してみると、ゾウは100年近い寿命となるが、ネズミは数年しか生きないことになり、これもそうだろうなと思わせる。ヒトはというと、心拍数は60回/分~80回/分であるから心周期は1.0秒~0.75秒となり、心周期×20億回を年齢で表せば45歳~65歳となる。ただし、この理屈から言うと太っているヒトほど寿命が長くなることになるが、あくまでも哺乳類とヒトの平均値の比較と考えて頂きたい。それにしても45歳~65歳の寿命は、現代人の「平均寿命」よりずっと短いことになってしまう。その理由と平均寿命の求め方は後ほど話していきたい。

 

〇感覚、脳、運動からなるシステム

 前述のように、動物の多くは「食べる」ために「動く」という道を選んだことから死ぬまでエサを求めてさまよい続けることになった。そのため、同じエサを食べる動物に会うと時にはそれを殺してでもエサを勝ち取らなければならないという宿命を負うことになった。動物であるヒトも同じことで、「動く、食べる」を司る生活機能の多くは進化の初期に形成された「延髄・小脳」など脳の深部で息づいている。私の所属する東大・高齢社会総合研究機構(以下、高齢社会機構)では、元気で長生きするためには、まずは栄養のあるモノを食べて、動くのに必要な筋肉を貯えようという「貯筋」がスローガンになっている。貯蓄は虚弱状態いわゆる「フレイル」になるのをできるだけ遅らせようという予防医学の考え方でもある。

 

第3話_図2図2 感覚、脳、運動の3要素からなるシステム

 

 生物が単細胞から多細胞になるにつれて、近寄ってくるものを感知するために刺激の応答する細胞つまり「感覚」ができ、それがエサなのか敵なのかを判断するために情報を司る細胞つまり「脳」ができ、それに近づいたりそれから逃げたりするために運動する細胞つまり「筋肉」ができた(図2)。動物のサイズや形態が変わっても、食べるために動く上で「感覚」、「脳」、「運動」の3要素からなるシステムが正常に働いていること、すなわち「恒常性(ホメオスタシス)」が必要になる。しかし、高齢化とともに進化の過程を逆戻りするように、複雑で精緻になった機能や構造から次第に劣化したり、喪失したりしていく。この経年劣化の過程と仕組みは老年学(ジェロントロジー)そのもののテーマである。一方では、秩序ある組織はやがて無秩序になるという「エントロピー増大」の物理法則があるが、生き物もその法則に逆らえないことを意味している。2010年の初めでは、このような基本的な考察を経て、JSTプロジェクトでは、まずは健康である時間を延長させるために、経年劣化する「感覚、脳、運動」をテクノロジーでどのようにすれば、どこまで補完できるかを議論することになった。

 

〇サイエンスドキュメント「バーチャルリアリティは福祉だ」

 

第3話_図3図3 NHK教育テレビ、サイエンスドキュメント 「研究室の逆襲」(1995年)より。

 

 ところで25年ほど前に、NHK教育テレビのBSサイエンスドキュメント「研究室の逆襲」というシリーズ物で、前述の本川達雄先生が「ナマコと虚学」(1994年7月)というタイトルで出演されたことがある。テレビでは、ナマコをぐしゃぐしゃにほぐしても、暫くするとなんと元に戻るのであるが、その様子を、ご自分で作詞作曲した「ナマコの歌」を朗々と歌いながら説明されていた。そのサービス精神は学者からは程遠くお笑い芸人でも見ているようで、とても楽しかった。実は、この番組の次回は、私に主役として出演して欲しいと依頼されていた。ところがナマコの番組を見た助手や学生たちは、意外にもそのテレビ出演をやめて欲しいと懇願してきたのである。先生に恥をかかせたくないというのが理由であったが、私は逆に学者然としない主役とその番組が好きになり、半年間にわたる取材に応じた。結局「バーチャルリアリティは福祉だ」(1995年7月、図3)というタイトルで放送された。その内容は、まだ人口に膾炙していなかったバーチャルリアリティという先端技術が将来は福祉機器にも生かされるであろうという内容であった。しかし、もっと深い内容なのであるが、それは後の回で話したい。

 

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Topics: コラム

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