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高齢社会を豊かにするテクノロジーを求めて 第7話 高齢社会のワクチン騒動を考える

[fa icon="calendar"] 2021/06/23 9:53:24 / by 伊福部達

伊福部達

 

第7話

 

 シリーズ「高齢社会を豊かにするテクノロジーを求めて」の第7回目です。今回は「デジタル社会と脳システムの進化」についてのお話です。

 

 

 

 コロナ禍が未だ収束しない中、世界中が厚い雲で覆われているようにどんよりしている。その中でもワクチンが素晴らしい効果を上げているという海外からのニュースは、雲間から一条の光が差し込んできたかのようで明るい気分にさせてくれる。やっと日本でも本格的にワクチン接種が始まり、医療従事者から高齢者の番に回ってきた。どうして高齢者が優先されるのかという議論はさておき、高齢者である私の所にも接種予約の手紙がきたので、インターネットで早速予約した。

 ところが予約のために200回や300回も電話をしたが中々繋がらないとか、あまりにも多くの電話が殺到したことで回線がパンクしたというニュースが飛び交っている。やはり電話による予約が主流なのかなと改めて思い知らされた。私どもの専門分野ではコンピュータやインターネットは日常的に使う道具であるのでネットでの予約は電話よりも気軽に感じていた。また、今の若い人たちは文系、理系関係なくインターネットを使ってきていることから予約は面倒くさいとは思わないであろう。しかし、このICT(情報通信技術)とはあまり縁のない時代に生きてきた高齢者にとってはどうしても敷居が高いのである。一方、テレビは気が遠くなりそうな難解な技術の集積でできているのに、誰でも使いこなせるのだから、やはり今のネット技術の方が使い勝手の面からは未熟だともいえる。

 そういえば私のボスの教授は「酒は殆どの大人が好んで飲むものだ。その楽しみにしている酒を飲んだら運転をしてはだめというのは、自動車の技術が未熟だということだ」と言っていたのを思い出す。自動車は凶器になる面もあるので仕方がないが、酒を飲んだらテレビを見たりスマホを使ったりしてはいけないという話は聞いたことがない。前置きが長くなってしまったが、多くの可能性を秘めた先端テクノロジーの1つであるICTをどのように活かせば高齢社会を豊かにできるのか、その糸口になる話をしたい。

 

〇プロジェクト「高齢社会」へ向けたワークショップ

 JSTプロジェクト「高齢社会」が始まる前の2010年に、この分野を何とか採用してもらうようにと、私が個人的にお付き合いしていた識者にお願いして3回のワークショップを開いた。第1回目では、10人ほどに集まってもらい、それぞれの専門の立場から高齢社会のあるべき姿を話して頂いた。図1にその時のポスターの概略(所属は当時のまま)を示したが、タイトルだけみても皆さんが高齢社会に向けて何を発信しようとしていたかが想像できる。その会場には人数制限をしたのにも関わらず250名を超える人たちが集まり、当時から日本の高齢化で社会がどのように変わるのかに関心が深かったことが裏付けられる。
 ワークショップの終わりでは、高齢社会問題の重要性を訴えていた元東大総長の小宮山宏先生も交えた総合討論が行われた。いずれも今でも含蓄があり示唆に富むワークショップであった

 

第7話_図1
図1 第1回 S-イノベ「高齢社会」ワークショップのポスター(概略)

 

 最初に登壇された秋山弘子先生は我が国で「ジェロントロジー(老年学)」を社会心理学の立場から啓蒙し、国民運動として進めていた方であり、今後のブログでもしばしば登場をして頂く。2人目に登壇された東倉洋一先生の講演「技術(ICT)との共生社会を創る」の中で、年代別によるインターネットの利用率を表した興味あるスライドがある。図2の左に2009年における年代別のインターネット利用率(PC、タブレット端末、スマートホン)を朱色線で示し、2018年と2019年の利用率を表した棒グラフに重ねてみた。

 

第7話_図2l  第7話_図2r

図2 左:年代別インターネット利用率、右:日本とデンマークの比較

 

 その結果から、利用率が2009年では60代で約40%、70代で約30%であったのが、2019年ではそれぞれ90.5%と74.2%と大きく伸びている。特に、2018年から2019年の伸び率が著しいが、これにはiPadやスマホが急速に普及したためと想像される。それではナゼ、ワクチン接種の予約がインターネットではなく電話に殺到したのであろうか。その理由はネットに繋がる端末を持っていても、それを使いこなしていないとしか考えられない。
 また東倉先生の発表スライドから抽出して、図2の右に、2009年の「医療・福祉」と「行政サービス」における年代別利用率を日本とデンマークで比較して示した。12年前のデータではあるが、まず、両者では大きく異なることがひと目で分かる。特に、行政サービスにおける中高年世代の利用率で比較すると、日本では約30%であるのにデンマークでは約65%と倍以上の開きがある。そして興味あるのはデンマークにおける医療・福祉の分野での利用率は年代が上がるほど上昇していることである。これらの傾向は現在でもあまり変わっていないことと思われるが、総人口の差、医療福祉制度の差、あるいは言語の差もあるのかも知れない。
 この分析は置いておくとして、これらの差は少なくとも日本の行政はインターネットのユーザビリティ(使い勝手)にあまり力を入れてこなかったことに起因しているのではないかと思われる。折角、デジタル庁が創設されるのだから、今回のワクチン接種の予約騒動の原因が何処にあるのかを真摯に目を向けて分析し、その結果を行政に生かして欲しい。

 

〇「社会的フレイル」の脳内機序

 ワクチン接種の話がつい長くなってしまったが、本題のICTを高齢社会に活かす話に戻したい。前回のブログで、スマホ依存になると常に危険な刺激にさらされているのと似た状態になり、「戦うか、逃げるか」に備えてコルチゾールやドーパミンのような恐怖や行動を促す物質が出っぱなしになるという警鐘の話をした。しかし、高齢者でもそうなのかは十分に考える必要があろう。また、前回話したように、高齢化に伴い「変化が起こらないからつまらない」「つまらないからやる気が起こらない」「やる気が起きないから、新しい行動を始める気にならない」「行動しないから変化が起こらない」という悪循環に陥るケースが増えてくる(図3左)。この悪循環は、適度なストレスとなる刺激が低下すると、意欲や行動を促すドーパミンも不足していき満足や幸福を感じさせるエンドルフィンも低下することに起因している。

 

第7話_図3l  第7話_図3r

図3 左:認知・行動の悪循環、
右:感覚刺激(視床)-報酬系(大脳基底核・線条体)
-やる気・行動(大脳皮質・前頭連合野・運動野)の連鎖

 

 当時(2010年)は、ファンクショナルMRI(fMRI)という脳機能を探るための強力な計測機器が脳科学系研究室でも安く手に入るようになり、それを使って特に報酬系の脳内経路を調べた研究論文がおびただしいほど発表されていた。先ほどのワークショップで3人目に登壇された小泉英明先生(当時:(株)日立製作所・基礎研究所・所長)はfMRIの開発者の草分けの方で脳科学者でもある。講演「脳を診る、脳を活かす」の中で高齢化に伴い、主に大脳基底核の線条体で司られている「報酬系」における循環が上手く機能しなくなるという多くの事例を報告された。

 図3の右に模式的に描いたように、脳内には「大脳皮質→基底核→視床→大脳皮質」という大きな報酬系ループが形成されているが、刺激があまり入らなくなるとドーパミンなどの神経伝達物質が不足し、このループが上手く機能しなくなるという。この悪循環によりますます神経の情報伝達速度が遅くなり「万事がゆっくりになって反応が鈍くなる」という行動にも繋がる。高齢社会プロジェクトでは、毒を薬にするように、子供にとっては禁じ手なのかも知れないが、スマホ依存を上手く生かせないかという議論がなされた。

 ワクチン接種の予約騒動を見ているとまだまだ改良の余地はあるが、次回ではICTを上手く高齢社会に活かす具体的な道筋について考えたい

 

 

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Topics: コラム

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