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高齢社会を豊かにするテクノロジーを求めて 第12話:JSTプロジェクト「高齢社会」の始動

[fa icon="calendar"] 2024/01/09 10:00:00 / by 伊福部達

伊福部達

 

高齢化社会

 

 前回の11話から丁度2年間、ブログの執筆が途絶えてしまった。この間に新型コロナウィルスが本格的に猛威を振るう時期が続いた。私も、本拠地を20年間にわたり住んでいた東京から地元の札幌に移したことから、生活から仕事までが一変した。世の中や私自身もやっと落ち着いてきたので、ブログを再開したい。

 

 

〇JSTプロジェクト「高齢社会」の始動

 JST(日本科学技術振興機構)の産学連携プロジェクト「高齢社会を豊かにする科学・技術・システムの創成」(以下:高齢社会)が終了し、3年前に最終の報告書を書き上げネット上で公開した。しかし、堅苦しい報告書に目を通してくれる人は殆どいないようである。本ブログを借りて、できるかぎりかみ砕いて、報告書の中身を紹介したい。また、13年たった現在、提案した技術・システムは想像を超えるスピードで発展し色々な分野で展開された。それにもかかわらず高齢社会にJSTの成果を未だに活かし切れておらず、目標には道半ばであることを示したい。

 

〇プロジェクトが始動するまで

 プロジェクトが発足した2010年は、日本の65歳以上の高齢者の人口比が世界で初の20%を超え、超高齢社会に突入しようとしていた。そのため、「労働者人口」の減少と「社会保障費」の増加、そして長い老後の「生きがい」をどこに求めるかが緊急を要する現実的な課題になっていた。この課題に少しでも応えようと、JSTが提案した「戦略的イノベーション創出推進プログラム(略称:S—イノベ)」という大テーマの1つとして高齢社会問題が採り上げられた。私は40年以上にわたり障害者や高齢者をテクノロジーで支援する福祉工学研究を行ってきたことから、その経験を活かして欲しいと依頼され、テーマの名称から目標、方法、評価の設定までを任された。

 

高齢社会12話 (1)写真1 公開ワークショップの様子 
左:来場者 (約250名)、右:総合討論(右端が筆者)

 

 有識者に集まってもらって3回にわたる公開ワークショップを通じて議論し合い(写真1)、また同時期に東京大学内に設立された「高齢社会総合研究機構」のメンバーからも多くの助言を得て、約半年をかけてテーマを具体化していった。その結果をJSTの会議で報告した後、私が本テーマの領域代表(プログラムオフィサー、以下PO)を依頼され、次の段階である公募要項の作成に入った。

 ここで、本テーマは2010年度から2020年の夏までの10年間も続く長いプロジェクトであることから秋山弘子(東大・名誉教授)、後藤芳一(日本福祉大学・客員教授、機械振興機構・次長)、田中理(横浜総合リハビリテーションセンター・顧問)の3方にPOの補佐役になってもらった。さらに機械工学、脳科学、理学療法学などに長年携わってきた諸先生7名にアドバイザーとして協力してもらった。

 テーマの大目標として、元気な高齢者には「社会への参加」を促し、虚弱になった高齢者には「自立した生活」を支援する技術・システムの開発とその社会実装を明示した。そして我が国が力を入れてきた情報システムやロボット技術を活かすことにより、マイナス面をプラスに転換させる道を探ることとした。とくに最先端のAI(人工知能)、ロボット技術、VR(バーチャルリアリティ)、などと相互に関わりながら発展させてくことをねらった。

 

〇大目標と方法論

 社会参加を促進することにより、生きる上で必須な「動く」、「食べる」という行動も促されるので結果として健康維持につながる。それが若い人を助けることになれば、社会保障費の軽減や労働者人口の増加にもつながる。

 

高齢社会3
図1 社会参加・就労の支援と介護・QOLの支援

 

 そして何より、老後の「生きがい」に結び付くことが期待された。一方では、医療の進歩や食生活の改善のおかげで数十年前に比べると高齢者は心身共に10歳以上も若くなっているという論文が次々と紹介されていた。また、高齢者の中で70%を超える人たちが社会参加や再就労を希望しているという調査結果が得られていた。このことからも社会参加の重要性は裏付けられていたし、何より新しい産業が生まれ、国や高齢者も豊かになると考えた。

 このような観点から、図1に示したように、元気な高齢者には「心身を支援しながら社会参加・就労を促す」に重点を置き、そこで開発された支援技術・システムを発展させることで、虚弱になった高齢者の「QOLの向上と介護負担の軽減を図る」に生かすこととした。そして、プロジェクトの最終的な評価には「介護負担の軽減」と「QOLの向上」という軸を加えるのが妥当であろうと判断した(図 1右側)。なお、この目標設定と評価基準についてはテーマの発足時から変わることなかった。

〇高齢者の何を生かして、何を支援するか

 

高齢社会4
図2 高齢者の特性と支援対象

 

 しかし、高齢者の何を生かして、何を支援するかは、高齢者の多様性を考えると一概に決めることはできないし、元気か虚弱かの判定も簡単ではない。図2に示したように、若いときにある機能が弱ったり失ったりしても、それを補う「可塑性」による代償機能に期待できるので、それをいかに生かすかが障害者支援のキーポイントになる。
 一方、高齢者を支援する場合には、長年にわたって獲得した知識、経験、技能(スキル)を活かす視点が重要になると考えた。ただし、元気といっても心身機能は漸進的に低下していくので、それを把握しながら最適な支援を行うべきである。この分野は「ジェロンテクノロジー(高齢者支援技術)」と呼ばれるが、本テーマの中心的な役割を果たす。
 ここで、多くの技術系企業が参画しやすくするために、ジェロンテクノロジーは薬事法、人権、倫理などの問題にできるだけ抵触しない範囲とした。さらに高齢化は日本ばかりでなく世界的な傾向にあることから、本テーマにより生まれる新しい技術・システムが将来、諸外国でも生かされることを期待した。
 このような考察を経て、次に何をどのような技術・システムで支援するかという具体的な課題への絞り込みを行った。

〇何を、何で、どのような計画で進めるのか

 前回(11話)述べたように、支援する技術・システムの対象として、米国の数学者ノバート・ウィーナーが 1948年に提唱したサイバネティクスの概念を参考にして、「感覚」、「脳」、「運動」の3つ身体機能をあげた。ヒトを含む動物は外界の情報を「感覚」で捉え、その情報が「大脳」に伝わって、危険なので逃げるべきか、戦うべきか、安心してよいのか、食べてよいものかを判断し、「運動」により適切な行動をとってきた。本テーマでは、高齢化によりこのループが途切れたり弱ったりするのをテクノロジーで支援するという立場をとった。これは私が取り組んできた福祉工学の骨格となる概念でもあったので、それをプロジェクトでも活かすことを認めてもらった。
 一方、2001年のWHO(世界保健機構)の提唱に基づき、コミュニティで社会参加をする上で必要な「情報獲得」、「コミュニケーション」、「移動」の3つの生活機能を支援することを優先すべきと考えた。いうまでもなく、情報獲得は感覚に、コミュニケーションは脳に、移動は運動に連動し、サイバネティックスの概念に通じている。
 ただし、ジェロンテクノロジー研究の多くは、ニーズや基礎科学が未知のまま進められており、ビジネスモデル自体も曖昧であった。また、産業界もマーケットの小さい分野に手を出すことは難しかったことから、実用化に至った成功例は極めて少ない。そのため現状を把握するための「科学」を念頭に置きながら、常に現場とタイアップして成果を「評価」していくことを義務づけた。

 

高齢社会5
図3 研究開発対象 ‐ICTIRTを活かした5課題

 

 最終的に、前回(11話)示したような5つの課題、すなわち①「ウェアラブルICT」、
②「インフラICT」、③「労働支援IRT」、④「移動支援IRT」、⑤「脳機能支援 ICTIRT」に絞り込んだ。ここでIRTはロボットのことを表しており、コミュニケーションが中心のロボットを含む。復習の意味で、図3にその5課題を再掲した。

 

〇公募と応募が始まったが

 東京や大阪なので、何回かの公募説明会を開き、以上の大目標と5課題を実現してくれるような研究課題を募集した。

 

高齢社会6
図4 提案した5課題と54件の応募課題

 

公募してから2か月という短期間にもかかわらず応募は予想を超えた54件に上った。その応募課題を内容に従って提案した5課題で分類すると、図4に示したように、それぞれの提案課題に対してほぼ均等に分布した。次に、54課題から採用する8課題に絞り込むための審査の段階に入った。しかし、その審査を終えてから間もなく思い掛けない困難に遭遇することになり、テーマの大きな変更を求められた。

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Topics: コラム

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