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緊急地震速報チャイム誕生の裏話 第1話「あのチャイムはどうやって生まれたか」

[fa icon="calendar"] 2019/04/22 16:28:11 / by 伊福部達

伊福部達

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本日より新シリーズ「緊急地震速報チャイム誕生の裏話」を連載いたします。皆様もあの特有のチャイムを聞いたことがあるかと思いますが、では、あのチャイムはどうやって誕生したのでしょうか?

緊急地震速報チャイムの生みの親であり、「福祉工学(assistive technology)」の第一人者である伊福部先生にお話を伺いました。

 

 

<はじめに>

東日本大震災は 2011年3月11日の午後2時46分過ぎ、NHKから発信された「チャランチャラン」というチャイムとともに始まった。私の研究室で学生たちと打合せをしていたときであったが、その時は「久しぶりに聞いたな」と、一瞬その音に感慨を覚えた。しかし、その被害は時間が経つにつれて想像を絶する甚大なものだと分かり、メディアはそれから悲惨な被害状況を報道し続けるとともに、復興への取り組みも直ぐに始まった。

学生の一人がたまたま被災地の出身で家族がそこに住んでいたことから、ツイッターを使って必死になって安否の情報を探していた。その学生が「先生の作った地震のチャイムがツイッター上で大変なことになっている」と言ってきた。ツイッターには「あの不気味な音は誰が作ったのか」、「ゴジラと関係があるらしい」、「そういえばゴジラといえば水爆実験で生まれはずだ」といった情報が飛び交っていたらしい。学生の家族の安否の確認には1週間以上かかったのであるが、幸い無事であることが分かり、とりあえず胸をなでおろした。

本稿では、私が緊急地震速報チャイムを作成することになった経緯を述べながら、その基礎となる聴覚の仕組みやチャイムにまつわる話をしたい。 なお、本稿は(法)日本オーディオ協会から2012年に音の匠の顕彰を受賞したときの特別講演の記事「緊急地震速報チャイムの誕生秘話」(JAS Journal Vol.53, No.2,pp.4-10)、筆者が監修し筒井信介が著した「ゴジラ音楽と緊急地震速報」(ヤマハ・ミュージック・メディア、2012年)および拙著「福祉工学への招待」(ミネルヴァ書房、2016年)から引用し、一部修正加筆したものである。

 

<心臓計測から聴覚研究へ>

筆者は、北海道大学の電子工学科の四年生のときに希望のME(メディカルエレクトロニクス)研究室に配属され、卒論では心臓の能力の一種である「心拍出量」を計測するテーマを与えられた。何とか卒論を書き終えたのであるが、修士課程に進むことを決めた時に、「医学のイの字も知らないまま、心臓計測の研究を続けていっても、将来が不安です」と教授に訊ねたことがある。そうしたら、逆に、「修士課程のテーマは自分で探しなさい」と言われ、さらに君は耳が良いはずだから聴覚のME研究をしたらどうかと勧められた。

 当時の1970年頃は怪獣映画とりわけ「ゴジラ」のシリーズがブームになっており、「タタタ、タタタ、タタタタ、タタタ」というリズムとメロディも広く知られるようになっていた。実は、その音楽を作ったのは私の叔父の一人である伊福部昭という作曲家である。叔父は北大の出身でもあったことから、教授も身近に感じていたようで、その甥ということで聴覚の研究を勧めたようであった。もともと音楽など音関係の科目はあまり好きでなかったので迷ったが、当時、感覚のメカニズムをモデルとした神経回路や人工知能の研究が芽生えており、聴覚ならば技術系でも研究ができるかなと思い、テーマの変更を決めた。

 

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伊福部昭(左)とゴジラ(1956年)(右)

 

<聴覚の起源>

 緊急地震速報チャイムという音が何故ヒトの耳に残りやすいかを述べる前に、聴覚の起源やメカニズムの話について、少しだけ耳を傾けて欲しい。

さて、昔に戻るが、今まで習ったことも無い聴覚の仕組みについて啓蒙書を読んでいくうちに、その奥の深さに次第に引き込まれていった。聴覚センサの起源は魚の横腹の表面に付いている「側線器」と呼ばれる振動をキャッチするセンサであると言われていた。側線器には毛の生えた細胞、すなわち「有毛細胞」という振動センサが配列されており、海水の動きで毛がたわむと有毛細胞膜の電圧が上昇する。すると、それにつながる神経が発火してインパルスを出し、様々な中継所を経由してその神経インパルスが中枢で音として知覚される。

 

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2 魚の側線器と有毛細胞

 

 魚が餌を広く求めて陸上で生活するように進化したときには、有毛細胞を基底膜という薄くて長い膜(35ミリ)の上に配列し、蝸牛(カタツムリ管)の中に海水と同じ成分であるリンパ液で包み込み、海を後にしたと考えられている。同時に空気の音をリンパ液の振動に変換するための中耳が発達し、微弱な音でも蝸牛内のリンパ液に伝わり、基底膜を振動させそれを有毛細胞で感知できるようになった。

 やっと音として知覚されるときの音のエネルギーで基底膜がどのくらい振動するかを換算すると、なんと水素原子核の直径ほどの振動の大きさになる。この微弱な振動を有毛細胞が感知している訳であるから、恐らく生物が極限まで達して獲得した最も感度の良い振動センサといえる。何億年という進化の過程で生まれた奇跡ともいえるメカニズムにはただただ感心するばかりであった。

 

 <FM音の研究>

 本格的に聴覚の研究に取り組もうと決めたのであるが、聴覚の何を研究したら良いかがしばらく定まらなかった。とりあえず教授に話したら、回路制作室の片隅に場所を作ってくれて、実験装置として古びたオープンリールのテープレコーダ一台を与えられた。しばらくはテープレコーダを前にして、音について思いを巡らせる日々が続いた。

 海で生活していた魚たちは、敵が来たときの海水の動きを荒々しく感じ、すぐに逃げよという信号、すなわち神経インパルスを全身に送っていたはずであろう。一方、静かに流れる海水にはリラックスして休んでいて良いという信号が全身に送られていたに違いない。また、いち早く敵を見つけなければならなかったので、有毛細胞は海水の動き始めの瞬間を捉えるように発達してきたであろうし、とくに海水の流れの方向が変わったときには細胞が敏感に反応していたはずである。ヒトもまた、長い歳月にわたり、地球環境で生まれるさまざまな音の変化が脳の深部に刻まれ、あるときは危険を知らせる音として、あるいは喜びや安らぎを与える音として記憶されてきたのではないだろうか……

 そんなことを空想しながら、テーマは次第に具体化していき、結局「変化する音」がどのように脳で捉えられているのかを探るという点に絞られていった。ただ、変化音を聞くには変化音を出せる発信器を作らなければならなかった。回路制作室にある部品を集めて、半田ゴテを手にしながらやっとの思いで音の高さを電圧で自由に制御できる発信器を作り上げた。しかし、教員や学生を合わせて20名以上も狭い所にひしめき合っているところではとても音を聞く実験はできなかった。幸い、雪が積もる頃になると、スキーの大好きな教授はじめ研究室の人たちは、5時過ぎには近くのナイターのスキー場に一斉に繰り出してくれた。それから夜遅くまでが研究室は火が消えたように静かになるので音の実験には絶好の環境になった。

 実験では音の高さが急激に変わるFM音(周波数変調音)が定常音に比べてどの程度大きく聞こえるのかという心理物理実験を繰り返した。FM音が鳴っている時に別の「ピッ」という音を重ねると、かなり大きな「ピッ」の音でもFM音の中では聞こえなくなる現象などを見出した。この結果をまとめて「FM音によるマスキング」と題して初めての論文として著した。ただ、スキー場に行っていた仲間がドタドタと実験中に帰ってくると、そこで音の実験はおしまいになった。ちょうど、1972年の札幌オリンピックが開催される前の年でもあり、教授自身もいくつかのオリンピック委員を務めており、研究室はいうまでもなく街中が冬のスポーツに燃えていた頃であった。それから35年ほど経った2006年の暮れに、緊急地震速報チャイムの作成を依頼するために、NHKからの使者が私の部屋を訪れてきた。実は、そのチャイムの制作にFM音研究が大いに役に立ったのであるが、その前に聴覚の話にもう少し付き合って欲しい。

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Topics: コラム

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