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緊急地震速報チャイム誕生の裏話 第10話「チャイムの候補音を絞り込む -その3(NHKのスタジオにて)-」

[fa icon="calendar"] 2020/04/23 10:47:32 / by 伊福部達

伊福部達

 

第10話

 

 シリーズ「緊急地震速報チャイム誕生の裏話」の10回目です。今回はチャイム音の候補を絞り込むために行なった実験のお話です。

 

 

第10話_図1-1

図1 候補となった色々な音型

 

 前回話したように、難聴者でも聞き取りやすいようにチャイム構成音の音色を決め、音型を5連音のアルペジオにすることした。アルペジオにしたのは、「キャーッ」の叫び声のように、遠くまで届き注意を喚起しやすいFM音風にするためである。ただし、5連音が下降するアルペジオ(図1の最下段のD)は気が抜けてしまう締まりのない音であり、結果として後述する評価実験2では候補音から外れることになる。また、同じ音型を何回も繰り返す「オスティナート」にすると恐怖感が増すことが知られている。実際、映画「ゴジラ」のテーマ音楽はその効果も狙っている。ちなみに叔父の「ピアノと管弦楽のためのリトミカ・オスティナータ」という曲も大好きで、実はチャイムの原典としてこれを使おうかどうか最後まで迷った。しかし、何回もチャイムを繰り返していたのでは逃げ遅れることも考えられるので、オスティナートは却下した。結局、3秒以内にチャイム音が終わるように、5連音を2回だけ繰り返すことにした。

 ただし、2つ目のチャイムの音の高さにより聞こえ方が大きく変わるので、評価実験ではその要素を重視した。なお、チャイムの5連音の時間長(テンポ)が遅いものも作り、どちらがチャイムに適しているかを調べた。以上から、4つの音型(図1のA,B,C,D)にチャイムのテンポや2つ目のチャイムの高さだけが異なる音型を加えて合計7個の候補に絞り込んだ。今回も堅い話が続き専門書を読んでいるようで申し訳ないが、正確を期するためもう少し付き合って欲しい。

 

<絞り込みのための評価実験>

 その7つの候補音は次の通りである。

①Aの音型で2つ目の5連音を半音上げたもので「遅い」テンポ、

②Aの音型に「半音トリル」を加えたもので「遅い」テンポ、

③Aの音型で「速い」テンポ、

④Aの音型に「半音トリル」を加えたもので「速い」テンポ、

⑤Bの音型で2つの5連音が「同じ高さ」で始まる速いテンポ、

⑥Cの音型で2つ目の5連音を「全音上げた速いテンポ、および

⑦Dの音型で速いテンポのものである。

 

<NHKのスタジオにて>

 7つの候補音の内どれがチャイム音に適しているかを調べるため、2007年4月7日に N H K 渋谷放送センター C R 501スタジオを借りて比較実験を行うことになった。

 一方では、NHKのスタッフにより同じ音型のチャイム音が無いかどうか、日本にある膨大な数の駅や放送などから流れるチャイム音と比較したり、有名な音楽と同じ音型でないかどうかをチェックしたりする作業が行われていた。全く同じ音型が見つかったら振出しに戻らなければならないので、それが無いことを祈りつつ絞り込みの作業を進めた。実を言うと、同じ音型が見つかるかも知れないという不安は実際に使われるようになってからも暫く続いた。

 

第10話_図2 

図2 評価実験のスタジオと各種の配置

 

 図2に示したように、C R 501スタジオは15メートル四方、壁には吸音カーテンがめぐらされ、 部屋の残響をカーテンの開け閉めで調節できるようになっている。さらに遮音板の高さ数10cmの囲いも用意し、子供たちにとって居間でもにいるような環境にした。環境雑音を流すための大きなスピーカを左右に置き、その中央には字幕付きのアニメ動画を映す大型テレビを設置し、テレビの手前の小さな2個のスピーカからチャイム音を鳴らした。

 

<協力してくれた聴取者たち>

 評価のための聴取者を集めるのは結構大変であった。まず、年齢や男女の偏りがないかどうか、難聴者の特性のバランスはどうかなどを配慮しなければならなかった。時間の猶予が無かったこと、また、多すぎるとスタジオに入りきれないことなどから、私の秘書や研究室の学生とその友達など、まずは身近にいる人達に頼んだ。また、難聴の子供たちに協力してもらうために、「トライアングル」という難聴の子供とその教師と親の3つが協力し合うNPOに依頼した。幸いそのNPOは私のいた東大・先端科学技術研究センターの教授の奥さんが中心となって運営されており、しかも彼女は小さな子供の表情や体の微妙な反応から音が聞こえたかどうかを判定する熟練者でもあった。

 厳選した被験者は最終的に、子供6名(うち先天的な重度難聴の小学校低学年生3名)、成人13名(うち加齢性難聴の高齢者5名)の総勢19名で、私どもを含めて20数名となった。スタジオに設置した椅子に聴取者が座り、スタッフは隣接するミキシング・ルームで透明ガラス越しに聴取者の様子を常にモニターした。

 

<いよいよ評価実験の開始>

 評価実験は以下の2種類である。第1の実験は、7候補の内どれがノイズの中でも聞き取りやすかったかをチェックするものであった。第2の実験は、第6話で述べた「チャイム音の五ヵ条」に基づき、どれが最もチャイムに相応しいかを決めるものであった。まず、準備として吸音カーテンを開け無音の状態で色々な高さの純音を鳴らし、健聴な4名の若いスタッフが部屋の中央に立って、その純音がやっと聞こえた時の強度を求め、それを最低可聴音の0dB (H.L.)とした。ミキシング・ルームには協力してくれたシンセサイザー奏者、NHKディレクター、ミキシングの専門、ニュース番組にする予定だったのか大きなビデオカメラを背負ったスタッフが待ち構えていた。聴取者全員が集まったところで、スタジオ内にいたディレクターがあらかじめ用意したメモに目をやりながら、今日一日行う実験の趣旨や手続きなどを大きな声で語り掛けるようにゆっくりと話し始めた。

 

<実験1で分かったこと>

 実験1はどちらかというと予備的な実験である。まず、スタジオの吸音カーテンを締めた状態で色々なノイズを発生し、目隠したままでチャイム用スピーカから音量を10dB (H.L.)から始めて5dBずつ上げて鳴らしていき、聴取者にはそれが聞こえたら手を上げてもらい、うるさいと感じるほど大きくなったら手を下げてもらった。やっと聞こえた時のチャイムの強度(dB (H.L.))を聴取者ごとに記録した。ここで、マスキング用に用意された4種類のノイズは、マルチトーカー・ノイズ(大勢の人による会話音)、楽曲ノイズ、交通騒音、ゲームセンター音などいずれも日常生活で身近に聞こえるものである。それらを約70dB(S.L.)の強度で騒音雑音SPから流した。なお、遮音板の枠内にいる難聴の子供たちには中央に置いた大型テレビに字幕付きアニメ映画を映し、それに見入っている状態の時にチャイムを聞かせた。チャイムが聞こえたかどうかは、前述の熟練者に子供たちの顔や体の微妙な反応から推定してもらった。高齢な難聴者には普段使っている補聴器の増幅度をそのままにして装着してもらった。余力のある聴取者には、(1)緊急性を感じるか、(2)不快感(不安感)を感じるか、(3)どこかで聞いたことがないか(ゲームの効果音や携帯の着信音など)、(4)ノイズ環境下で聞き取りやすさはどうか、(5)チャイム音の速さはどうか、などのアンケートに答えてもらった。一方、子供の反応テストが終了した時点で、子供たちはお役御免になり、ご褒美のスタジオパーク観覧に連れて行ってもらった。

 他の聴取者も休息し、私たちはその間に記録した実験ノートを見ながら次の作戦に入った。得られたマスキングと感想の結果から、予想通りにチャイム⑥と⑦が候補から外れた。やはり2つ目のアルペジオが全音上がる⑥は唐突に感じ、音高が下がる⑦は気が抜けたように感じたようである。なお、子供たちが一番大きく反応したのはAの音型に半音のトリルを加えたものである。やはり、半音トリルは津波を想像させるような不安や恐怖感をあおる音なのであろう。実験1の解析はこの位にして置き、本命である実験2に入るが、その続きは次回に話したい。

 

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Topics: コラム

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