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高齢社会を豊かにするテクノロジーを求めて  第5話 脳の進化、コンピュータの進化

[fa icon="calendar"] 2021/04/07 10:00:00 / by 伊福部達

伊福部達

 

第5話

 

 シリーズ「高齢社会を豊かにするテクノロジーを求めて」の第5回目です。今回は「脳の進化とコンピュータの進化」についてのお話です。

 

 

〇永遠に生きる?

 宇宙ロボット研究者の第一人者である中谷一郎先生は、著書(驚愕!日本の未来年表、枻出版社、2017)の中で興味ある寿命の未来予測をされている。著書によれば、楽観的な科学者でも人間は数千年以内には滅びると予測しており、人類はいわゆる「絶滅危惧種」であるから、せめて数万年を生きる方法がないものかと考えている研究者がいるという。もともと地球上の生命は、誕生してから34憶年くらいは水の中で暮らしていたのが、今から4億2千万年ほど前に小さな動物が空気中に出てきて繫栄し、それが進化して哺乳類となり人類が誕生した。やがてその人間も滅びるので、こんどは意識を持ったロボットが誕生してそれがさらに進化し、ある時点で人間とロボットが融合して新種の生命体「ヒューロ」となって生息域を拡大し、新しい文明圏を宇宙に作っていくであろうという。

 実際に、このSF小説のような未来予測のもとで、人工知能(AI)として著名な研究者である米国のレイ・カーツワイル(Ray Kūrzweill、1948年生まれ)先生は、あと30年生きればロボットと融合して、水や空気そして食物も一切不要な宇宙で永遠に生きられると信じ、70歳を過ぎてからジムで体を鍛えたり、250錠のサプリメントを飲んだりして頑張っているそうである。カーツワイル先生の永遠に生きる夢が実現するかどうか分からないが、平均寿命の延伸技術が近い将来大きく変わろうとしていることは確かである。ただし、高齢社会へAIやロボットを導入する場合には、コンピュータとヒトの脳の進化の過程の違いを見つめながら、両者をどのように活かし合うべきかを考えることが先決であろう。

 

〇神経と脳の進化、その略歴

 

第5話_図1第5話_図1b
図1 
左:神経の進化、右:脳の進化の概略

 

 先の回で話したように、生物が多細胞になることで、受容器、神経、筋肉というように、それぞれの細胞に役割分担ができ、細胞同士の情報を授受できるようになった。初めはホルモンという形でゆっくりと情報を伝えていたのが、それでは遅すぎることで細胞から神経線維が伸びインパルスという電気的な信号で情報を速く伝えるようになり、もっと速くしようと神経線維の周りに電気を通しやすい「さや」をつけるという工夫(髄鞘化)を重ねてきた(図1の左)。そのお蔭で、インパルスの伝達速度は1秒間で数十メートルの速さまで上がった。

 そして、生命維持に必要な「脳幹」や運動を司る「小脳」ができ、本能、感情、記憶に関わる「大脳辺縁系」ができた。さらに意欲、論理的な思考や精緻な記憶に関わる「大脳皮質」の層ができ、脳は膨大な細胞群からなる複雑な神経回路に進化していった(図1の右)。仏教の教えや哲学で言われる「知」、「情」、「意」を司る機能が揃ったのである。

 この進化は環境に適応するために行われ、環境が変わるたびに今までの機能に新機能が加えられてきたといえる。つまり、ヒトの脳は、過去の産物の上に新しい産物を積み重ねながらできたのである。言うまでもなく、呼吸・循環器系、消化器系、免疫系など生命維持には欠かせない生体機能も進化により、奇跡ともいうべき巧妙になっていることが明らかにされてきている。特に、新型コロナウィルスのパンデミック化により、免疫学の驚くべき進歩は世界中に知れ渡ることになった。

 

〇コンピュータ(素子と回路)の進化、その略歴

 では、人工の脳と呼ばれるコンピュータの進化はどうであろうか。私が電子工学科を出た1970年頃、コンピュータが研究室にも入るようになり、それが使えることで最先端の教育を受けているという誇りを感じた。当時の第1世代と呼ばれるコンピュータの中にはトランジスタがびっしりと並んでいて、コンピュータの前面にある十数個のスイッチをオンやオフにして0と1からなる機械語を作った。8キロバイトのメモリが100万円もするほど高価なもので、演算回路やプリンタなど一式をそろえると1千万円は優に超えた。図2の左に、1975年頃に私が作った実験用ミニコンピュータシステム(メモリ:8kバイト、マシンクロック:3MHz、外部メモリ:カセットテープ)の外観を示した。

 

第5話_図3  第5話_図4

図2 左:ミニコンピュータによる実験システム
(1975年頃、メモリ: 8kB、マシンクロック:3MHz、伊福部制作)、
 右:コンピュータ(素子と回路)の進化の概略

 

 一方、演算速度は、現在の10万円ほどで買えるような安価なコンピュータと比べても千分の一に満たない速度であった。それから間もなく、トランジスタ回路が集積回路(IC)に置き換わり、すぐに大規模集積回路(LSI)に換わり、第3世代のコンピュータの時代を迎えた(図2の右)。コンピュータを操作する言語も、機械語からアルファベット記号で表すアセンブリ言語が使えるようになり、フォートランやC言語と呼ばれる高級言語が開発されて、以前よりもはるかに楽にコンピュータを操作できるようになった。それが、瞬く間に超高速、超小型、超廉価になり、さらに電話回線と繫がって世界中に文字や映像を送受信できるコンピュータネットワークに発展し、現在の情報化時代を迎えることになった。最近、スマートフォンを使いこなしている人たちを見ると、コンピュータの黎明期で悪戦苦闘してきた私どもは羨ましいような悔しいような気持ちになる。

 

〇両者を比べてみると

 コンピュータの構造は脳と似ているといって脳になぞらえて話すことがあるが、本当に似ているのであろうか。最新のコンピュータを開けるとLSIの層があり、それをめくるとICの層が現れ、その奥にはトランジスタ回路が並んでおり、さらに奥に行くと真空管が見えてくる、ということであれば構造的にはコンピュータを脳になぞらえられる。しかし、脳は過去の産物の上に新しい産物を積み重ねながら進化してきたのに対して、コンピュータは世代が変わる度に過去の産物を一掃してきたと言えるので、構造の進化の仕方という面から見ると両者は著しく違う。

 確かに、急速に進歩しているAIは脳の表面にある新皮質の構造とアルゴリズムが基礎となって生まれたものである。ただし、今のところ、AIは大脳辺縁系で司られる感情的、情緒的なもの、延髄や小脳が関わる生命維持の機能とはあまり関わりがない。感情が高ぶると大脳皮質がそれを抑制しようと辺縁系に働きかけ、その高ぶりが大きくなると延髄に働きかけて心臓をどきどきさせるというように、大脳皮質、辺縁系、延髄などの層の間では情報が行き来する複雑な制御系になっている。ヒトと同じような「知」、「情」、「意」を備えたシステムを作るのは現時点では難しいし、ましてやコンピュータが優れた芸術作品に涙を流したり、宗教のために命を捧げたりするヒトの行為を理解できるとは思えない。と言っても将来はAIやロボットは進化し続けるので、それを高齢社会にどのように活かしたら良いか、十分に考えておく必要があった。

 

〇福祉技術の先にある「サイボーグ技術」

 私事になるが、今回のブログのために書いた自分自身の著書や記事を振り返ってみて、バーチャルリアリティの権威者である廣瀬通孝先生(現:東大名誉教授)との対談「福祉工学とサイボーグ技術」を思い出した。これは廣瀬先生が編著の「ヒトと機械のあいだ -ヒト化する機械と機械化するヒト-」(岩波書店、2007年)の中に収められている。この対談を読み返してみると、私は、「脳の一部が働かなくなったといって、そこにバイオ・コンピュータみたいなものを埋め込んで補えばよいというような簡単なものではない。脳の中ではホルモンとか伝達物質とか化学的なものが重要な働きをしているし、脳の機能自体が体内の状態や環境の変化などに適応しながら変わるものなので・・・・」と失われたヒトの機能を機械で補うことの難しさを主張していた。しかし、対談の終わりでは、「ヒトとロボットが融合したサイボーグが死んだときに脳を取り出してみると、それはよく教育された素晴らしいコンピュータになっているかも知れない」とコンピュータの新しい進化についてSF的な夢を語っていた。

 実は、冒頭で紹介した永遠に生きようとしているカーツワイル先生は同業者として私も古くから知っていた。1970年代に視覚障害者のために、本の英文字を自動的に読み取り、それを音声で聞き取れるようにした「読書器」を世界で初めて開発し、米国中の図書館に納めたことで知られている。その先生は、人工知能の分野を牽引し続けており、「2045年にAIが人間の知能を超え、人間の想像を超越して社会が進化していく」というシンギュラリティ(技術的特異点)の時がくることを予測していることでも有名である。福祉技術者であったカーツワイル先生が、衰えたり失われたりしたヒトの感覚、脳、運動を支援するには、現在のテクノロジーはあまりにも未熟であることに気付き、未来のヒトとロボットの融合技術に夢を託したことと想像される。

 次回からは、あまりにも速すぎるICTの進化にヒトがどこまで適応できるのかを考えながら、感覚・コミュニケーションに障害のある人達やICTを駆使できない高齢者の「ITリテラシー(ITを理解し活用する能力)」のギャップを埋めるにはどうしたら良いのか、私見を述べていきたい。

 

 

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Topics: コラム

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